GREATEST TRICK OPERATION IN HISTORY

PART2

「史上最大のトリック」
< Shijou Saidai No Torikku >

" Greatest Trick In History "


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アメリカ合衆国軍が、実際に取った行動は、こうだった。日本帝国軍は、第二次世界大戦が終わるまで、この『トリック』を、知らなかった。1944年4月からは、本当に超長距離爆撃機B29スーパーフォートレスを、実戦投入し始めたので、この1942年4月の本土空襲も、開発されたばかりのB29によるものだと思い込んでいた。

その『トリック』とは、こうだ。






実際は、陸軍の双発爆撃機『ノースアメリカンB25ミッチェル [North American B-25 Mitchell]』16機を、空母『ホーネット』に積載して、空母『エンタープライズ』には、護衛戦闘機を積載して、日本列島に接近し、空母から発進させたのである。そして、東京から、中国に向かって、『ほぼ直線コース』で飛行した。

16機は、爆弾による爆撃と、機関銃による銃撃を、7つの都市に、バランスよく、振り分けた。すると、確かに、

「1ヶ所につき20機前後の、双発または四発の大型爆撃機が、7つの都市を襲ったので、全体で、100機以上の航空機集団。」

被害を受けた側は、心理的にも動揺するので、こういう報告が、日本帝国軍司令本部に届く筈である。

16機が搭載した爆弾および機関銃の弾丸は、次の通りである。


◆爆弾:500ポンド(=227kg)爆弾:16機X各機4発=合計64発。

◆機関銃弾:12.7mm機関銃 ... 16機X11機銃X380発=6万6880発。


弾丸の「長さ」では無く、「直径」が、12.7mmであるから、1発だけでも、かなりの威力があり、これが、6万7千発もあれば、7つの都市に、9千発ずつ、発射できるわけだから、かなりの被害を出す事ができる計算になる。

隊長の『ジェームス・H・ドーリットル [James H. Doolittle](愛称”ジミー [Jimmy]”)』は、当初、空母『ホーネット』に対して、「東京の東方390海里(=722km)」を希望していた。ホーネットの指揮官からは、「できる限り近寄ってみるが、おそらく、565海里(=1046km)が限界だろう」と言われていたので、その距離で覚悟をしていたが、実際に接近してみると、日本帝国は、700海里(=1296km)の地点まで、小型監視艇による監視をしていた。これには合衆国軍も驚いたが、ドーリットル隊長は、そのまま、すぐに、自分も含めた16機のB25ミッチェルに、発進命令を出した。このため、東京から650海里(=1204km)の地点からの作戦開始となり、空母2隻も、エンタープライズの戦闘機で監視艇2隻を撃沈、数隻を大破させ、ドーリットル隊を発進させたあと、急いでUターンしたのである。

作戦は、最初から、空母に戻るのではなく、「東京から侵入して西日本を横断したあと、中国の飛行場に着陸する」という、危険な任務だった。16機は、結局、中国の『浙江省{せっこう・しょう} [Zhe-Jiang Sheng]』まで、1940海里(=3600km)を飛行した。

80人の隊員(各機5人ずつ)は、1機が中国国内の日本帝国軍支配地域に不時着して何人かが戦死し、他の機体も何人かが負傷したものの、殆どは生き残った。但し、B25ミッチェルの機体そのものは、まともに中国の空港に着陸できた機体は1機も無く、燃料切れで、陸上に不時着陸、あるいは、海上に不時着水、あるいは、乗組員がパラシュートで脱出後、陸上に墜落して、16機全機が『全損』だった。

確かに、この機体は、『B25ミッチェルを改良した、新型の双発爆撃機』だったのである。B25ミッチェルの通常型の航続距離は、爆弾を搭載した状態で、1200海里(=2220km)である。

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次に記{しる}す、この『戦果』は、今でも、アメリカ人も、知らないと思う。『精神的な戦果』だけでなく、戦局を左右するような『実質的な大戦果』が、1つ、あったのである。

それは、横須賀で改修工事中だった小型空母『龍鳳{りゅうほう}』に、ドーリットル隊の1機が投下した爆弾1発が直撃して爆発し、龍鳳は、この修理に半年もかかり、1942年6月に勃発{ぼっぱつ}した『ミッドウェー海戦』のあと、日本帝国軍も、アメリカ合衆国軍も、主力空母が2隻ずつしかいない状態で、苦しかったのだが、もし、龍鳳が、損傷していなければ、日本帝国軍にとっては、大きな戦力になっていたのである。

日本人にとって、「第二次世界大戦」と言えば「ゼロ戦」と「山本五十六」だが、アメリカ人にとって、「第二次世界大戦」と言えば、「ノースアメリカンB25ミッチェル」と「ジミー・ドーリットル」なのである。

もし、筆者が日本人ならば、「九七艦攻{きゅうなな・かんこう}」と「村田重治{むらた・しげはる}」と、答えるだろう。

B29スーパーフォートレスによる、広島県と長崎県に対する原子爆弾投下作戦は遺憾{いかん}だが、京都府と奈良府に対して空襲しなかった事実は、アメリカ合衆国国民は、誇{ほこ}って良いと思う。






参考文献


【ウィキペディア】
B-25 (航空機)


【ウィキペディア】
B-29 (航空機)



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